気づいたら人生の岐路に立ってた――私たちが直面する「男の転機」

現代の中高年男性(40~50代)は、人生の折り返し地点で二つの大きな危機に直面しがちです。それが、身体的・ホルモン的な変調である男性更年期障害(いわゆる「男性の更年期」)と、心理的な転機であるミッドライフ・クライシス(中年の危機)です。例えば、50代のある会社員Gさんは、仕事も家庭も順調で「自分は大丈夫」と思っていた矢先、ある朝突然ベッドから起き上がれなくなりました。理由はまったく思い当たらず、体が鉛のように重く動かないのです。頭痛とほてり、倦怠感に襲われ、歩こうとすると目まいがして立てなくなる――数日待っても改善せず、ついに彼は病院を受診しました。これはごく一例ですが、かつては元気だった男性がある日ふと心身の不調に陥るケースが珍しくありません。「まさか自分が…」という不安と戸惑いの中で、多くの中高年男性がこの二つの危機に直面しているのです。

私たちの肩に乗っかってきたプレッシャーの正体を見てみましょう
なぜ今の時代、中高年男性に男性更年期障害やミッドライフ・クライシスが増えているのでしょうか。その背景には、経済状況やライフスタイルの変化、社会的プレッシャーなど様々な要因が絡み合っています。
日本では1990年代末以降、働き盛り世代の自殺が大きな社会問題となりました
1998年以降、働き盛りの中高年男性が自ら命を絶つ傾向が急増していますが、その原因は不況や経済停滞だけでなくミッドライフ・クライシスとも関係していると指摘されています。実際、自殺統計を年代別に見ると、男性では50代が突出して多く、次いで60代・40代が多い状況があります。中年男性の自殺理由は「健康問題」も多いものの、40~50代では他の年代と異なり「経済・生活問題」が最も多く、失業者が特に多いことが報告されています。
これは終身雇用の崩壊や長引く不況による雇用不安、収入減が中高年男性を直撃し、「この先食べていけるのか」という危機感を生み出していることを物語っています。加えて、日本社会では男性は家庭でも職場でも責任を背負う立場に立ちやすく、「一家の大黒柱」であろうというプレッシャーに晒されがちです。その重圧は景気悪化の中で一層増し、「踏ん張らねば」と無理を重ねるうちに心が折れてしまう人もいるのです。
ライフスタイルや社会構造の変化も影響しています
現代は平均寿命が延び、「人生100年時代」と言われます。40~50代は人生の後半戦に突入する時期ですが、その後も数十年の人生が続くため、将来への不安や生き方の模索がかつて以上に深刻になります。家族環境にも変化が訪れる時期です。子どもの独立や受験、親の介護、夫婦関係の変化(熟年離婚の増加など)によって、自分の社会的役割が大きく変わる節目でもあります。ある心理学者の調査によれば、日本人の中年期には「アイデンティティーの再構築」という課題が生じるといいます。中年の前半で体力の衰えなど「心身の変化」を自覚し、後半(退職期)には「自分の居場所がない」という感覚、つまり社会における役割の消失を認識しやすくなるそうです。日本人男性にとって、自分の会社での肩書きや家庭内での役割は自己アイデンティティの大部分を占めています。
それだけに、「役割の消失」は非常に大きな痛みとなります。特に定年退職や失業、子育ての終わりなどで「自分はもう必要とされていないのではないか」という喪失感に襲われ、中高年男性は社会的孤立に陥りがちです。
社会的風潮と心理的要因も無視できません
日本では長らく男性は弱音を吐かず頑張ることが美徳とされ、心の不調や更年期の症状を口に出しにくい雰囲気がありました。
実際、現在40歳以上の男性の4~5人に1人が男性更年期障害の可能性があると言われる一方で、厚生労働省の調査では全世代の男性の8割以上が「男性にも更年期の不調があることを詳しく知らない」と回答しています。つまり、多くの男性は自分に起きている不調の正体を知らず、「気のせい」「年のせい」と放置しがちなのです。また、女性に比べて男性の方が健康や心のケアへの意識が低く、日頃から悩みを話し合える友人も少ない傾向があります。
ある調査では、50代男性で「日頃から頻繁におしゃべりできる友人がいる」人は34%にとどまり、同年代の女性(45%)より明らかに低い割合でした。このように孤独とストレスを抱え込みやすい土壌が、現代の中高年男性をミッドライフ・クライシスへと追い込む一因になっているのです。
自分を見失う瞬間――ミッドライフ・クライシスの渦中で
ミッドライフ・クライシスとは、中年期に訪れる心理的な危機のことです。
発達心理学者エリク・エリクソンのライフサイクル理論では、40~65歳を「成年後期」と位置付け、この時期に心身の変化によって葛藤や不安、焦り、抑うつ状態などが生じやすいとされています。実際、40~60代の約8割もの人が何らかの形で中年の危機を経験すると言われ、「第二の思春期」と呼ばれることもあります。
人生の折り返しで、自分のこれまでの歩みや成し遂げられなかった夢、老いと死の現実などと向き合う中で、自己評価や将来展望が揺らぎ、大きな心理的ストレスとなるのです。「このままでいいのか?本当の自分とは何なのか?」と自問し始め、答えが見いだせないと深い絶望感に陥ることもあります。
順風満帆に見える人でさえ例外ではなく、ロシアの文豪トルストイやハリウッド俳優のキアヌ・リーブスでさえ中年の危機に苦しんだ記録があります。
むしろ一見人生が順調な人ほど、「自分の人生の山頂が見えてしまう」瞬間に不安を感じやすいとも言えます。「もっと上を目指して登り続けてきたのに、どうやら山はこのくらいの高さらしい…」という悟りに近い感覚が芽生え、自分の存在意義が揺らいでしまうのです。このようにして培ってきた自尊心が揺さぶられ、「自分はもう若くない」「今さらやり直しはきかないのでは」といった思いが心を占めていきます。
一方、男性の場合この時期の心理危機には身体的要因も大きく影響します
加齢に伴う男性ホルモン(テストステロン)の低下によって起こる様々な心身の変化、すなわち男性更年期障害(医学的にはLOH症候群=加齢男性性腺機能低下症)です。
テストステロンは男性らしさやチャレンジ精神を支える重要なホルモンですが、20代をピークに年齢とともに少しずつ減少していきます。女性の更年期が閉経前後の数年間に女性ホルモン急低下で起こるのに対し、男性のホルモン低下はゆるやかで明確な発症時期がありません。そのため自覚しにくく、気づいたときにはかなり不調が進行しているケースも多いのです。
男性更年期による主な症状には、身体面ではほてり、発汗、動悸、疲労感、筋力低下、睡眠障害、性欲減退、勃起不全(ED)などがあり、精神面では意欲の低下、集中力低下、記憶力低下、イライラ感、抑うつなど実に多岐にわたります。
本人にとってみれば「何となく調子が悪い」「最近元気が出ない」といった漠然とした不調が続く状態ですが、周囲から見ると「怒りっぽくなった」「暗い」「上の空」といった変化として現れるため、人間関係にも影響が及びます。たとえば穏やかだった夫が些細なことで急に怒鳴ったり、落ち込みが激しくなって会話が減ったりすれば、妻や子どもも戸惑い、家庭内の空気が悪くなってしまうでしょう。
実際に、更年期の夫が感情のコントロールを失い、家族に手を上げそうになるまで追い詰められたケースも報告されています。職場でも、以前は有能だった管理職世代の男性がある日うつ症状を発症し、休職してしまう――といった事態は珍しくありません。こうしたメンタルヘルスへの悪影響は本人の自己評価をさらに下げ、「男として情けない」「社会に迷惑をかけている」という負の思考に陥りがちです。その結果、周囲に助けを求めることもできず一人で抱え込んでしまい、症状が一層悪化する悪循環に陥ることがあります。
しかし、この暗いトンネルのような時期も永遠に続くわけではありません
冒頭で「第二の思春期」と例えましたが、思春期が過ぎれば大人へ成長するように、中年の危機も乗り越えれば人間的な成長につながり得ます。
実際、ある専門家はミッドライフ・クライシスを「人生の成長痛」と表現しています。急激に心と体が変化する過程で一時的に痛みを伴うものの、それは新しい自分へ脱皮するための試練だというのです。見方を変えれば、ミッドライフ・クライシスも男性更年期障害も「人生の大掃除」の機会かもしれません。古い価値観や無理をしていた生き方を見直し、これからの人生をより充実させるためのターニングポイントと捉えることもできるのです。
どう乗り越える?この人生のトンネルを
辛い中年の危機も、適切な対応によって乗り越えることができます。以下に、男性更年期障害やミッドライフ・クライシスへの主な対処法をまとめてみました。
病院に行くのは恥じゃない。専門家に頼る勇気を持とう
まずは専門家に相談することです。
「もしかして心や体の病気かも?」と感じたら、迷わず医療機関を受診しましょう。体の不調であれば泌尿器科や男性更年期外来、心の不調であれば心療内科や精神科に相談できます。
「男性にも更年期がある」こと自体を知らない男性が多い中、症状に気づかず我慢してしまうケースは少なくありません。しかし放置すれば症状は長引き深刻化します。近年は簡単なセルフチェックで更年期症状の程度を自己診断できるツールも登場しており、専門家は「受診するか迷ったら活用し、必要に応じて医療の手を借りてほしい」と呼びかけています。
実際、男性更年期は血液検査でテストステロン値を測ることで客観的に判断できます。ホルモン不足が認められれば、数値に応じて男性ホルモン補充療法(テストステロン補充療法)を行うことも可能です。例えば、筋肉注射によるテストステロン補充は2~4週間に一度のペースで受けられ、不足したホルモンを補うことで症状の改善が期待できます。また、更年期症状に伴う不眠や不安・抑うつに対しては睡眠薬や抗不安薬・抗うつ薬が処方されるケースもあります。医師に相談すれば、心身の状態に合った治療でサポートしてもらえます。恥ずかしがらず「まずは話を聞いてもらおう」という気持ちで受診することが、回復への第一歩です。
今日からできる生活習慣の見直し
ホルモンバランスやメンタルヘルスは、日々の生活習慣とも深く関係しています。
男性更年期障害の症状は、結局のところ加齢に伴うテストステロン低下が根底にありますが、裏を返せば生活習慣を改善してテストステロン分泌を促すことで緩和できる可能性があります。
具体的には、適度な運動や筋トレで筋肉に刺激を与えること、十分な睡眠をとって疲労を回復すること、バランスの良い食事(高タンパク・適度な脂質摂取や亜鉛などミネラルも意識)で身体を整えることが大切です。運動習慣はうつ症状の軽減にも効果がありますし、食生活の改善は体力・活力を向上させます。実際ある調査では、中年男性は女性に比べ「睡眠をしっかりとる」「栄養に気を配る」といった健康行動の実践率が低いことが分かっています。
心身の不調を感じるときこそ、意識して自分の体を労わりましょう。お酒やタバコの過剰摂取もホルモンや気分に悪影響を与えるため、この機会に節制すると良いでしょう。生活リズムを整え、「休む・動く・食べる・眠る」を丁寧に行うことが、ホルモン低下による不調を和らげ、メンタルの安定にもつながります。
誰かに話してみよう――その一言が未来を変えます
一人で抱え込まず、ぜひ周囲のサポートを活用してください。
家族や親しい友人に自分の状態を正直に打ち明けるだけでも、心の重荷はかなり軽くなります。「情けない姿を見せたくない」と思うかもしれませんが、人は誰でも年齢とともに弱さを抱えるものです。勇気を出して「最近ちょっと疲れやすくて……」と話してみれば、案外「実は私も…」と共感が得られるかもしれません。
専門家も「ストレスは男性更年期の症状を悪化させる要因の一つ。リラックスする時間を作り、瞑想やヨガなどで心身を休めましょう。また友人や家族と話をすることで心の負担を軽減できます」とアドバイスしています。
ちなみに、私もヨガや瞑想を取り入れて、日々ケアしています。
妻や恋人さんがいる方は、ぜひ夫婦や恋人同士で一緒に知識を身につけることも有効です。
妻や恋人さん側からすれば、夫や恋人の不調の原因がわかれば無用な誤解や衝突を避けることができますし、夫や恋人側も「実はつらい」と弱音を吐き出しやすくなります。実際に、「夫や恋人が怒りっぽくなったのは男性更年期かもしれない」と情報を共有し、二人三脚で乗り越えたケースも報告されています。
同じ悩みを抱える仲間との交流もおすすめです。
最近では自治体や企業で中高年向けのメンタルヘルスセミナーが開催されたり、オンラインコミュニティが作られたりしています。身近に相談できる場を見つけ、「自分だけじゃない」と実感できれば、それだけで心が軽くなるでしょう。
コミュニティは、私も主催しておりますので、ご興味がございましたら、お気軽にご参加ください。

人生、ここからが“二毛作”だって信じてみよう
ミッドライフ・クライシスは苦しい体験ですが、その先には新たな地平が開ける可能性も秘めています。今まで仕事や家庭に打ち込んできた自分をねぎらい、「これからの人生で本当に大切にしたいものは何か」を見つめ直すチャンスと捉えてみましょう。
中年期はしばしば「人生の秋」に例えられますが、秋には実りを収穫し、次の種をまく季節でもあります。実際、医師の鎌田實さんは自身の体験から「人生には二毛作がある」と語っています(人生の前半で培ったものを、後半でもう一度別の形で花開かせることができるという意味です)。
ミッドライフ・クライシスに陥った鎌田さんは48歳のとき発作的な動悸や不安に襲われ、夜ひとりで眠れないほど苦しみましたが、それを機に自分の価値観を見直し、4年かけて危機を乗り越えました。この体験について鎌田さんは「振り返ると、あれは人生の成長痛だった」と述べています。
痛みを経験した分、人の痛みに寄り添えるようになり、医師としても一段と成長できたといいます。
皆さんも、もし今つらい渦中にいるなら「これは新しい自分に生まれ変わるための通過儀礼かもしれない」と考えてみてください。
無理に楽観する必要はありませんが、「自分はダメだ」と責め立てるのではなく未来志向で捉え直すことが大切です。例えば、若い頃に諦めた趣味に再挑戦してみる、新しい資格取得やボランティアにチャレンジしてみるといったように、小さな一歩でも構いません。第二の人生の種まきを始めることで、閉塞感だった日々に少しずつ彩りが戻ってくるでしょう。
おわりに
最後に強調したいのは、この危機は決してあなた一人のものではないということです。冒頭で触れたように、中高年の心身の不調は誰にでも起こり得るごく自然な現象であり、統計的にも大多数の人が通過するものです。ですから、決して自分を孤立させないでください。必要なら遠慮なく専門家や周囲の助けを借り、セルフケアに努めながら、人生の次の章に備えましょう。中年の荒波を越えた先には、きっと今までとは違う充実感や達成感が待っているはずです。それはまさに「第二の思春期」を経て大人へと成長するように、あなたがもう一段階大きく成長するチャンスなのです。どうか希望を捨てず、自分自身と向き合いながら、新たな人生のステージを切り開いていってください。共にこの時期を乗り越え、実り多い後半生を迎えましょう。